ラピュタって言うとみんな口を揃えてバルスバルス言うけど一番ぐっとくるシーンは、
パズーが塔の上のシータをキャッチするシーンだと思う。
あのとき、すり抜け様にかっさらいなって言うドーラも凄いけど、
逆さになってキャッチしようとするパズーも凄いけど、
一番凄いのはシータ。
パズーが近づいてきたとき、そっとジャンプしてる。
爆撃されて、半壊した要塞の崩れそうな塔の上で小さくだけどジャンプしてる。
もし、ドーラが失敗したり、パズーがビビったりしたら、真っ逆さま。
ムスカにもう一度とらえられるくらいなら、いっそ死んでしまえっていう意思を感じ取れる。
しかし、ラピュタでパズーがムスカの一団から銃撃を浴びているときには飛び出してパズーを助けようとしてる。
死ぬよりもいやだった事より、パズーが大事って言うこと。
シータって凄い。
――学校で銃乱射事件があったり、自爆テロがあったりすると、必ず「犯人はマリリン・マンソンのファンだった」という記事が新聞の見出しを躍りますが……。
「銃乱射事件の犯人が俺のファンクラブを作ったとしたら、相当な会員数になるだろうな(苦笑)。でも『CDを聴いて銃を乱射した』なんて、人間の思考回路はそんな単純なものではないよ。まあ、単純だからこそ銃乱射なんてやったのかも知れないけどな。銃乱射犯たちの問題は、自分がそんな単純なバカではないということをわかってくれる家族や友人が周囲にいなかったことだと俺は考えている。俺自身はどんなレコードを聴いたって、高校に殴り込んだりしない。誰かを射殺したくなったら、軍隊に入るよ。海外で殺し放題だしね。アメリカ国内だと『鹿狩り中、暴発してしまった』と言い訳しなくてはならないから大変だ」
# http://anond.hatelabo.jp/20090405025648
自分が人生を通じて身につけた考え方なんだけど、
他人にどう思って欲しいっつーのに執着する人は不幸になる。
なぜかというと、相手をどう思うか?の前に、そもそもその人が世界をどうとらえているか?が全然違うので、
なので、好きか嫌いか、を超えてどう好きか?ってところまで深く要求し始めるとどこかで満たされない部分が出て来る。
なぜ、そこまで求めるかというと、自分の存在の承認要求を一人の相手に依存してるから。
なので、仕事とか趣味とかで努力して、自分の存在が社会にてある程度認められるようにする。
そうすれば、相手との関係を一歩引いて見られてむしろよい関係を築けたりする。
まあ、女なんだから情念の世界に生きるのだ!ってのもアリかもしれないね。俺は勘弁願いたいけど。
— もういいや
